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天下一舞踏会 決勝戦Ⅱ

  : 

今日も生と死の間に、揺れてます。

たかしとの問答 

A「ねえ。」

たかし「なんだい?おや、珍しいね。あなたが俺に話しかけてくるなんて。」

A「おかしいとは、思わないのかい?」

たかし「だから、何がだい?」

A「どうしてあなたは、働かないのだ。」

たかし「えっ?あなたは何を言っているのかね。」

A「ずっと気にはなっていたんだ。あなたが働かないことを。みんなそれを見ているのに、誰もそのことを指摘しない。」

たかし「はあ。それは俺が働いてるからであって、みんなもそれをわかっているからに、他ならないからだろう。」

A「そんなことはないだろう。あなたは働いてなんかいないじゃあないか。」

たかし「そっか。あなたには俺が働いていないように、見えているんだね。」

A「ああ、そうだ。」

たかし「だとすると、あなたは非常に残念な方だ。」

A「それは非情で残酷な評価だね。私が残念だとしたら、あなたそれ以下の評価をせざるを得ないな。」

たかし「そう。口では何とでも言えるんだ。負け惜しみとも思っていないだろう。むしろ正論と思って吐いている意見なんだろうな。」

A「ずいぶんな言い方だな。私がこれだけあくせくしているのに、あなたは微動だにしてないじゃあないか。それのどこが働いていないと、言うのだね。」

たかし「おいおい。動くのと働くのを一緒にしてもらっては困るだろう?」

A「いや、ほぼ同じ意味になるだろう。働くためには動くことが必要だろう。」

たかし「そうか。あなたはその差すらも認識できていないんだね。」

A「それは、どういう意味だね?」

たかし「働くというのは、必ずしも今動いていることばかりではないということなのだよ。」

A「なるほど。これまでの功績があるから、今動かなくてもよい、と。名誉職みたいなことを言いたいのかね。たしかにそんな人はいる。だがあなたはそれには該当しないよ。だってあなたは、端から何もしていなかったのだからね。」

たかし「ああ、名誉職ね。あんなのは"ぶら下がり"といって、忌むべき存在だと認識しているよ。たまに職場に来て、威厳を示すだけの邪魔な存在じゃあないか。あんなのと一緒にされては困ってしまうな。」

A「あなたのしているのは、名誉職ではない、と言うのだね。ではあなたの仕事は、いったい何なのだろう?」
たかし「うーん。俺の仕事をあなたに説明する義務も、理解してもらう必要も、ないからね。おたがいに時間の無駄だから。いや、だからって勘違いをしないでおくれ。俺は今、久しぶりに仕事中に楽しめているんだよ。あなたがこうして、己の時間を割いてまでも俺にかまってくれてるんだからね。ほら、見てみろよ。俺たちのことを無視する周囲の人たちを。俺たちは今、彼らよりも有意義な時間を過ごせているんだ。ただ俺たちがしているのは仕事ではないだけの話しだ。あなたは胸を張っていい。彼らよりも意義のある存在であることを。」

A「ほめ殺しかい?そんな稚拙な罠で喜ぶ私ではないよ。」

たかし「今の俺の発言が、ほめ殺しだって?それは至極残念だと、言わざるを得ないね。俺は、心から真実を言っているつもりなんだが。そうか、ひょっとしてあなたは私のことを嫌悪しているのかい?」

A「それはそうだよ。まったく働かないあなたに好意を抱いてる人なんて、少なくともこの職場には一人もいないだろうよ。」

たかし「ああ、それは間違った認識だ。ここまであなたは、全くの過ちを犯さずに、俺に意見をしてきただけに、その誤りは非常に残念だ。」

A「過ちだって?じゃあ誰があなたに好意を抱いているのか、一人でも挙げることができるっていうのかい?」
たかし「できるよ。できるけど、それは恥ずかしいから言わないだけだ。もしそれを強制するとすれば、あなたと一緒にトイレの個室に入って用を足させるのに等しいのだから。」

A「まあいいさ。本旨とは関係ないことだからな。つい私も熱くなってしまった。許してくれ。」

たかし「許すだって?私は愉快でしようがないよ。あなたにこんな時間を費やさせてしまっている、俺の方こそ詫びなければいけないくらいだ。」

A「とにかく、あなたにも私たちに倣って仕事をしてほしい、ということを言いたいのだよ。」

たかし「一人に二つのことをさせるのは、酷なことだよ。俺だって、あなたたちを手伝ってやりたい気持ちはあるのだよ。その気持ちを汲み取れるようになれば、あなたの出世も早いと思うんだけど。おっと、余計なことを言ってしまったね。あまりにも愉快で上気してしまったせいなんだ。許しておくれよ。」

A「私はあなたが一緒に働いてくれれば、なんでもかまわないよ。」

たかし「そうか、ではあなたは許してくれたことになるね。ありがとう。しばらくは一緒にいるあなたに嫌われては、生きた心地がしないからね。いや、そんな消極的な理由だけじゃあない。むしろあなたに好意すら抱いているんだ。これを縁にして、もっと仲良くなれるのではないかと期待しているんだよ。」

A「そうかい。私はあなたに対しては、未だに失望しているだけだけど、ね。」

たかし「嗚呼、それは仕方がない。好意なんてエゴでしかないんだからね。だが考えてみてくれ。どちらかが先に好意を抱かなければ、他人と仲良くできることは永遠に無いわけだからね。その時間差が、ほんの一瞬であることもあれば、悠久の時を超えなければならないこともあるのだから。」

A「その時間が短くなるのも、はたまた永遠に来ないのも、あなたの次の行動次第というわけだ。」

たかし「いやあ。職場でこんなに愉快な時間を過ごせたのは、おおよそ30年ぶりだよ。ありがとう。ありがとう。」


 



「こんなのにこれ以上拘わっても、何も進展しない。」
Aはたかしへの説得をあきらめた。たかしは相変わらず、座っているだけだ。
なんでだろう。Aはたかしの仕事に対する姿勢に、なんとなく共感できるのではないかという思いが芽生えた。
Aは机に戻ると、また作業を始めようとした。
「私は一体、こんな無駄なことをいつまで続けるのだろう?」
Aは、今までやってきた作業に、ひどく疑問を持った。
この気持ちは一体何なのか。いや、答えは出ている。だけど、この気持ちをたかしに相談せずにはいられなかった。

A「たびたび済まないね。」

たかし「ああ、あなたか。何だい、急に改まってしまって。さっき言っただろ?俺はあなたに、好意を持っているんだ。そんな相手から話しかけられて、迷惑なはずはないだろう。」

A「私もあなたの"セクション"に、行ってもいいかな?」

たかしはAの言葉を聞いて、涙をこぼした。

たかし「いいとも、いいとも。大歓迎だとも!さあ、早速仕事をしていこうよ!」

A「ありがとう。私もあなたと一緒にはたらけることを、うれしく思うよ。」

Aは机に戻ると、机の上を片付けた。すっかりきれいになった机の前で、Aはただ虚空を見つめていた。
Aは肩を叩かれた。上司だった。

上司「キミはもう、帰っていいよ。解雇だ。」

A「えっ?!」

上司「私はキミに多少は期待をしていたんだが、この態度を見て失望したよ。なかなか出てこないんだよね、たかしみたいなできる社員は。」


  



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20181208意気込み 

今私は、創作意欲に満ち溢れている( ^ω^)
だが、飽きっぽすぎて、書き始めて2分もたない(^_^;)
これは書きだす内容を決めていても、今回のように決めていなくても、まったく同じ状況に陥る(´Д`)

洗濯機を回してみたり、オクラを茹でてみたり、米を研いでみたり、と。
再生時間が終わったようつべを切り替えたり。もっともたちが悪いのは、マインスイーパー(^^ゞ
PCには誘惑があふれている。
酒を飲んでみたり(この時期は黒霧のお湯割り)。これは意外と、創作にとってはいい効果なのだ(゜∀゜)
飲酒することで、創作にとっての雑念をある程度軽減することができるので。
意気込みはあるのだ。他にやることはない。


 




今朝(8日)の「サワコの朝」を視聴した方はいるだろうか。
ゲストが森口博子氏だった。
この番組はなるべくチェックしている。先週のビートたけし氏なんかは完全に視聴した。
だが、女性ゲストは基本的に御免こうむりたい(^_^;)
なぜだろう。森口氏については完全に視聴したのだ(゜Д゜)
森口氏の存在を知ったのは、90年代前半のテレビ朝日「パオパオチャンネル」だった。
午後6時半からのキッズ向けの30分番組。曜日ごとにコンセプトがあって、森口氏は井森美幸氏(他にもいたと思うが、全く思い出せない。)と共に木曜日の担当だった。メインは大竹まこと氏で、大竹氏の自由奔放さは、もちろん当時も健在だったわけで。
そのころの縁(うっす!?w)かも知れないが、森口氏の半生はなんとなく聞いてみたくなったのだ。

森口氏の日々の習慣に「エゴサーチ」があるいう。
それなりに有名な森口氏であるから、ネット上に見つかるのはいわゆる悪口なはずなのに。阿川氏はそこを心配されていた。
だが森口氏は違った。

もっとも怖いのは、無関心であると。

悪口というは、自身を知ってくれている上で、しかも労力を割いてまで自身の指摘をしてくれている。
その発言者がどれくらい自身を知ってくれているのかを確認できるだけでも、うれしいそうなのだ。
何というポジティブ!
メディアに限らず、発信というのは、それなりに意味のあることなんだな。


  




最後にひとつ言えること。
それは、読者の皆様への感謝である。
40年近くも生きてきて、ようやく感謝の意味がわかってきたのだ!w(゜o゜)w
感謝とは、自主的な感情の発露なんだ、と。
これまでは、全体主義によって作られた空気の中、会合参加者皆で
「I田先生、ありがとうございます!」
と唱えることが、私の"感謝"の全てだった。
この認識は人間として、恥ずべきことだと知ったのだ。
感謝とは、根本に気持ちがあることが大事なんだ、と!
この世は感謝にあふれている。明日のことを憂うよりも、明日も感謝できることを期待したい。





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平成最後の『御免』 

「久しぶりだね。」
突然、我が家に友人が訪ねてきた。
「ほら、年賀状に『近くに来たときは是非お寄りください』って、書いてくれてたからさぁ。」
「あぁ、うん。そうだったね。」
ミズアキは年賀状にそんなことを書いていたことも、この友人に年賀状を出していたこともすっかり忘れていた。
「だからってまさか、こんな間の悪いタイミングで・・・」
心の中でそう思いながらも、ミズアキは友人を部屋の中に招き入れた。
「ひょっとして、あれって社交辞令だったのか?」
「いや、そうではないんだけれど…」
ミズアキは別のことを考えていた。この友人は、一体誰なのか。いや、顔は覚えている。間違いなく、友人だということもわかる。でも誰だったか思い出せない。

  そうか!

いつぞや手紙と、家族の写真を送ってくれた、あの彼だ!
「そういえば去年、手紙と写真をもらっていたね。…嗚呼、その返事をだしていなかったね。御免よ。」
はは。友人から乾いた笑いが漏れた。ずっと返事を待っていたようだ。ミズアキは心の中で詫びた。
「今日は一人なのか。写真に写ってたご家族は元気なの?」
「うん、まあね。」
そうか、一人か。ミズアキは多少安心した。
「実は今、何にもなくてさ。」
友人が来るのはいいとして、何か手土産くらいは持ってくるだろう。ミズアキは明らかに手ぶらで来た友人を、ついうらめしく思ってしまった。
この日ミズアキの部屋には、本当に何もなかった。自分が口にするのもない。ましてや友人をもてなすなんて、もってのほかだった。
「とりあえず、あるのは水くらいなんだけど。」
「おー、サンキュー!」
友人は嬉しそうに返事をした。あまりにも嬉しそうな友人にミズアキは驚いた。
「水があるとは言ったが、キミに出すとは言っていない。」
そんな屁理屈がミズアキの中でふと湧いた。今日のミズアキは、それくらい追いつめられていた。
「せっかく来てくれたのに、本当に何にもないんだ。御免よ。」
「いやあ、そんな日もあるって!」
友人はくったくの無い笑顔でミズアキを許した。

ミズアキはミネラルウォータのペットボトルを取り出すと、ミネラルウォータをなみなみとグラスに注いだ。
表面張力ギリギリにミネラルウォータで満たされたグラスを、友人は受け取った。
一点の曇りのない、無色透明のグラス。入っているのは、H2O以外の分子構造以外、強いて言えばミネラルくらいのものだ。
「いただきます!」
中に酒類でも入ってるかのように、友人はミネラルウォータの入ったグラスをかかげ、ミズアキに敬意を表した。
「それにしてもよく来てくれたね、ボクのうちに。ありがとう。ありがとう。」
「いやあ、なにね。年賀状をもらってから、ずっと来よう来ようと思ってたんだけどね。こんなに間があいちゃって。」
年賀状に書いた社交辞令を、ここまで真に受ける人間がいることにミズアキは驚いた。





友人は部屋を見まわした。それがこの状況で友人ができる、せいいっぱいの行動だった。
「ああ、そうだ。」
何か提案しようとした友人の声に、ミズアキはドキッとした。友人が何を言おうとしてるのか、大体の見当がついたからだ。
「今日J1の試合やってんだよ。公共放送だったかなぁ?」
「いや、実はぁ…」
やはり、そこに行きつくよな。ミズアキはすでに答えを用意していた。だが、やはり言いづらかった。
「こんな何もない状況なんだけど、重ねてテレビも調子がおかしくてさぁ。」
ミズアキはテレビの電源を入れてみせた。
テレビの液晶には、原色がちりばめられたノイズがチラチラとしているだけだった。ノイズの中に時おり、ひきつった女性の顔が見え隠れしていた。
ザーザー、プツプツと、耳障りな音声が部屋の中に鳴り響いた。
「は・・・やく・おい・・・・・・・で、よ・・・」
ミズアキはハッとした。音声の中に、部屋の住人を呼びかけるような声がした。だが友人は、その声に気づかなかったようだ。
「あちゃあ、これじゃあしょうがないよな!」
友人は観念したように言った。
「重ね重ね、申し訳ない。」
「いやぁ全然。気にすんなよ。」
友人はミネラルウォータの入ったグラスに口をつけた。

「そういえば、奥さんは?」
「うん。」
やっぱり聞かれるよな。ミズアキはこちらの問いの答えも用意していた。
「あいにく家内は、里へ帰っていてね。」
「へー、そうなんだぁ。」
友人は淡々と受け流した。がっかりしたとか、変な質問をして気まずいという雰囲気は微塵もなかった。
「あっ。」
今度はミズアキの方が思い出した。
「卵があるから、目玉焼きくらいならボクがつくるけど。」
先ほどミネラルウォータを取り出すために開けた冷蔵庫のすみに、卵が1つ転がっていたのを思い出した。
なけなしの1つだったが、ミズアキにはすでに必要ないものだったので、駄目にするよりも友人の腹を通った方がいいだろうと提案してみた。。
「マジかよ?!ありがとう!」
こんなに喜ぶ友人の腹を通れるのだから、この卵もだいぶ救われただろうとミズアキは思った。
目玉焼きを焼いて、友人に突き出した。
友人は目玉焼きに合掌すると、おいしそうにそれを頬張った。

ミズアキは、水と目玉焼きなんかしか出せない自分にここまで気を使ってくれる友人を哀れに思った。
「あなたも、運の悪い人だ。」
「えっ?!」
ミズアキは、はっとした。友人が反応したことにより、心の中の声が表に出てしまったことに気づかされた。
「ああ、御免。とにかく何にもないんだ。そんなときに来てもらって。」
「おいおい、なんだよ。改まっちゃって。オレとキミの仲なんだから、気にすんなよ。突然来たにも拘わらず、キミがいてくれたんだ。むしろラッキーだったよ!」
友人はお世辞で言っているようではなかった。
目玉焼きを食べ終えると、友人は近況を語りだした。本当にうれしそうに、細かい情景など友人は説明してくれた。友人の話は永遠に続くのではないかと、ミズアキは懸念した。


  




友人はようやく重い腰を上げてくれた。
友人は非常に満足げな表情だった。本心から喜んでいるようだった。この状況で長時間居座っていて、この友人は一体、何が楽しかったのだろうか。
ミズアキは、とにかく気まずいだけの状況から解放されることを喜んだ。
「また、来てくれよ。何にもないけど。」
ミズアキは苦笑しつつ、振り絞るように社交辞令を言った。
「家内が帰ってきたら、なんとかなると思うから。」
「ああ、また来させてもらうよ!じゃあ、またな。」

ミズアキは友人を見送り、ドアを閉めた。
すぐに鍵をかけ、チェーンロックをかけた。ほんの少しの隙間を埋めるように、ガムテープで目貼りした。何枚も重ねて、隙間が埋まるように目貼りした。インターホンのスピーカーをハンマーで粉々に破壊した。スピーカーがあった場所に空いた穴を、ガムテープを何重にも貼り重ねた。

ミズアキはテレビを見やった。
テレビではノイズと耳障りな音声が相変わらず繰り返されていた。
「もうすぐ、いくよ。」
そう言ってミズアキは、テレビに向かってほほえんだ。
ミズアキの笑顔を見てはにかんだのか、テレビはうれしそうに自らの電源を落とした。


井上陽水「御免」より。





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カナイくんと私 

※元ス〇ップリーダーのパロディーではございません。


私の生家と言ってもよかったタテノ団地。高度経済成長期に建てられた「ウサギ小屋」そのものだった。
6畳と4畳半の2DKの間取りに、多くの世帯で4人からの人数がひしめき合っていた。
80年代から90年代にかけて、タテノ団地はそれはそれは賑やかで、同世代はもちろん、上から下まで全学年の児童や生徒が取り揃えられていた。
タテノ団地はその歴史的役割を終え、2009年に取り壊されたが、彼らのほとんどがこの団地を後にした。
今回の記事は、


  完全なる懐古。


そんな典型的な老化現象は、ここに書くことでプラスに働かせようというのだ( ^ω^)


  




カナイくんも私と同じタテノ団地在住だった。だからと言ってそれだけで、4コ上くらいだったカナイくんについて、ここで書けるほどの関係が築けただろうか。
むしろ接点すらなかった方が自然である。というのもカナイくんは、いわゆる不良だった。
体格はそんなによくなかったが、彼の言動から伝わる勝ち気な性格だけで、その雰囲気はにじみ出ていた。

カナイくんの下の名前は憶えていない(きいたことすらなかったかも)。
カナイくんは3人兄弟の長男で、妹と弟がいた。妹のA美は私と同級生だった。
A美はちょっと"アレ"な感じ(中学で一緒だったミツスケまではいかなかったが)で、常に鼻中が青バナで満たされていた。完全に男子からのいじめの対象だった。私も加担したことがあった。
A美は絵が好きだった。女子からも若干ひかれていたので、休み時間はだいたい一人で自由帳に絵を描いていた。

カナイくん本人と親しくなったのは、私が小5の頃だったと思う。カナイくんは中学生。たとえ団地の敷地内ですれ違うことはあっても、親しくなる可能性は極めて低い。
小5の夏、学校内でのソフトボール大会。チームは縦割り。つまり、チーム内の学年がばらけるように、居住地域で構成された。私はタテノ団地でのチーム。メンバーが豊富だった。
この話に乗ってきたのが、タテノ団地内の中学生、つまり同小学校を卒業した諸先輩だった。カナイくんもその中にいた。
今思うとタテノ団地の年上男子は、活発な子が多かった。私の世代から、比較的おとなしくなったと思う。
だから、カナイくんが特別目立つ感じでもなかった。
諸先輩方の熱心な指導があって、チームはなんと優勝したのだ!w(゜o゜)w
学年を超えての友情が芽生えた。極度の人見知りな私が、他人と心から友好できたのは、この年が最初で最後(?)だと確認している。
その年に友好できたうちの一人が、カナイくんというわけだ。

カナイくんから市民プールに誘われた。断る理由も無いので、誘われるままついていった。
穿いていたのは、私は安定の学校指定の海パン。カナイくんはおしゃれなバミューダだった(はず)。
流れるプールの中で、カナイくんは私に言った。
「カラまれたら、すぐオレに言えよ!( ^▽^)σ)~o~」
正直いって当時は、カナイくんの言ってる意味がすぐに理解できなかった。

今考えると、カナイくんには【侠気(おとこぎ)】があった。バリ活時代に、そういう大人(だいじん)には出会わなかった。
侠気は、私にもっとも欠けているところである。したがって、ついていって然るべき人物だったんだと思う。
近年、私の中で芽生えだした【義侠心】へのあこがれが当時からあったのなら、ひょっとしたらカナイくんについていったかもしれない。


  





今でも輩に対して、私は強烈な嫌悪感を持っている。私はカナイくんを、当時からそちら側の人間として認識していた。
やはり小学校当時、私は浦高前にあった圭文堂(文具と書籍を取りそろえた素晴らしいお店だった。今は同場所に、M菱の文房具卸問屋が入っている。)にコロコロコミックを買いに行った。ただ、雲行きが怪しい日だった。帰りには本降りになった。
自宅まで最後の200mの交差点を家の方向に曲がると、すぐに気が付いた。私の家の方向から、明らかに輩の3人が私の方に歩いてくる。
やばい!
私は慌てて曲がるのをやめて直進しようとした。生命の危機を回避する「逃亡」において、私は他者より優れていると確信している。今自身の長所を書かされるとしたら、迷いなく「危機回避能力」と記述するだろう。

だが遅かった。輩は私に気づいて、声をかけてきたのだ!w(゜o゜)w
「おお、天!」
3人の真ん中にいた、髪をピンク色に染めたカナイくんだった。
先日のプールに行ったときから、だいぶ時を経ている。私の中で、カナイくんの存在はかなり小さくなっていた。ということは、カナイくんにとっても同じことが言えたのではないか。
私は「はは…」ってなもんで。本降りの雨の中、家から遠ざかろうとする、またおっかなそうな3人から逃げようとした私の行動を、カナイくんが見逃すはずなかった。
「怖がらなくていいよ!( ^▽^)σ)~o~」
あっ。
「に、逃げてなんていませんよ~…(;´▽`)」
心の底でそうつぶやき、なんとかその場を取り繕った。私は初志貫徹。逃げる方向に、家から遠ざかる方に向かった。
当時の私にとって、決して安くはないコロコロコミック。それが自転車のかごの中で大雨に晒され、目の前でどろどろになっていく。それでも自身の身を守るべく、カナイくん一行から逃走したのは正しい判断だったと信じている。そうした判断をし続けたおかげで、私が今ほぼ無傷で生きているのだから。



すでに取り壊されたタテノ団地。取り壊しより何年も前に引っ越したと思われるカナイ家。カナイくんに出会うことはなかった。
私が"アニキ"を得ることができたとすれば、カナイくんの存在が最初で最後だったと思う。
今となっては、カナイくんとの縁がなかったのが幸か不幸かはわからない。だけど、もう少しカナイくんと仲良くなってれば、人格形成においてはプラスになったと思う。
ブログが無ければ、私の中のカナイくんが顔を出すことはなかっただろう。
ブログとは不思議で、尊いと思える(*´ω`*)





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ふるさと納税の返礼品評価について一部謝罪 

先日掲載しました、ふるさと納税の返礼品に対するディスについて、一部誤りがありましたので、今般訂正と謝罪をさせていただきます。
対象となった返礼品は「鶏モツ鍋セット(2人前)」です。
内訳は鶏モツ1袋、冷凍麺2袋、ダシ1袋。ダシの1袋が大きすぎてペラペラになっていて、なんとなく清潔感を感じられなかったのです。
今だから言えますが、梱包のショボさは過剰包装を回避した「エコ対応」と理解しています。
返礼品の品質はそのままに、少しでも寄付額を住民税の方に回せるようにするのは至極当然でしょう。
わだかまりを持ったまま、私はそれらの袋を冷凍庫にしまいました。


  




この日まで冷凍庫で保管してきた。捨てるわけにはいかない。
すでにキャベツとニラを買ってきた。ニラの高額さには愕然としたが。4分の1個でキャベツを売っていたのには救われた(;´▽`)
キャベツというのは、煮込んでしまうと水分を吐き出して、あっという間に消滅してしまう。「少し多いかも」という量を入れても差し支えないかもしれない。山盛りに入れたニラも、しなって目立たなくなった。
やっつけにアク取りをし、ちょいと汁をなめてみたら・・・・甘い!?(゜Д゜)
だいいぶ甘いのだ。
キャベツを控えめにして、生のまま味噌とマヨネーズで食べてしまったのを後悔した。

ひとしきり煮込んでフライパンを上げた。
食べてみると、やはり甘い。
水を少な目にしたので、汁が少ないのもいただけない。キャベツはどこに行ったんだよ!ヽ(`Д´)/
薄味を回避し水をかなり少なくしたのが、完全に裏目になった。
でも作ってしまったのにはしようがない。味の多少よりも、メインのモツはどうなのか。
これは当たりだった。例のふわふわモツ!!(*´ω`*)
このモツを食べたのお店は、一休とか加賀屋なんかだったなあ。いやあ、この食感が好きでねえ(´▽`)
でも甘い。モツのふわふわの脂身とコンボで、40手前のおじさんの食欲は満腹ほどに減退orz
麺を1袋にとどめたのは正解だったかもしれない。

ダシの甘さが満腹中枢を急激に刺激して、食事を止めさせる脳内信号が出てきた。体に震えが出てきた。この症状は昔から経験している。
フライパンの中には、まだだいぶ残ってる。だからと言って、もう1袋の麺を入れる元気はない。
天「あ、"あんくらい"の量なら大丈夫かも(゜Д゜)」
そう思った私は、冷凍庫からライスボール(炊飯して残ったご飯を小分けにしてラップでくるんで保存したもの。これが数個あるだけで、明日の心配が若干やわらぐ)を取り出した。大きさが茶碗半分から6部くらいのもの。ライスボールは、結果的に大きさがばらつくが、こういうときに小さいのは重宝する( ^ω^)
ライスボールをレンジで解凍してフライパンに入れた。さらに生卵まで入れちゃう!w(゜o゜)w
こうしておじやにしてみた。が、焼け石に水だった(´Д`) 味はまったく弱まらない。
震えも一向に収まらないので、今日中の完食をあきらめた。フライパンの残りをお椀に移し、ラップでフタをした。

今朝、お椀の中身をフライパンに戻して再加熱。
うん、やはり美味い(゜∀゜)
むしろ満腹の"負荷"が無い分、昨日よりも美味い気がした。
思惑通りと言ったところか。ご飯はリゾット状にダシを吸い込んで、デンプンと絡んでうまさが倍増したのだ。
あっという間に完食( ^ω^) なんとも名残惜しい気分に浸った。
「また食べたい!」というのが、



こんな素晴らしい返礼品をゴミ呼ばわりした自分が、今では恥ずかしいです。
福岡県春日市のふるさと納税担当の皆さん。本当に申し訳ありませんでしたm(__)m
そして返礼品でいただきました鶏モツ、ごちそうさまでした!(-人-)


・・・これで返礼品の被告は、10Kもかかった過剰梱包のビーフカレーのみになった。


 


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偏食と飲み会 

幼少時分、私は偏食の塊だった(^_^;) 食べ物が全然食べられない。
例えばしいたけ。しいたけを調理すると、大体の場合カサの黒色が一層と、身の白色のコントラストが妙に気持ちが悪い。さらに、身の下にできる"ひだ"が、節足動物の無数の足を思い出させる。
しいたけを嫌厭したところから、キノコ類全般を嫌った。
もっとも苦手なのは海産物だった。今でも貝類や甲殻類は、全くもって受け付けなかった。
基本的に今でも、それらを好んで食することはなが、中華料理屋に行くとエビチリなんかはオーダーしたりするw(゜o゜)w
調理方法にもよるのだろう。エビチリは殻が付いてないから、手軽に食べられるのもいいのだろう。
貝類だったら、シジミのみそ汁なんかは平気になった。とんかつ定食なんかについてくるのはだいたいこれなので、むしろ飲めない不便さが煩わしいと思って。体にもいいみたいな情報もよかったのだろう。

現在では、市井に出回っている多くの調理食をほぼ口にできるようになった(;´▽`)
これもひとえに、今までの信仰による功徳と考えている(-人-)
偏食の克服によって、返って食い過ぎて腹がブヨブヨしだしたのは、自己責任だ。


  




会社で招集される飲み会。私はもともと好きだった。
バブルの遺影と化した零細企業の弊社に入社して、飲み会こそ私がもっとも気に入ったイベントだった( ^ω^)
好きだった最たる理由は、飲み代は全て経費だったためだ!?w(゜o゜)w
つまり、各個人にすれば「ただ飲み」だった。
当時の私は二十歳そこそこのチェリーボーイ。経験値が今よりも圧倒的に乏しいこともあって、出てくるお料理はどれも素晴らしく感じていた。いつもお腹いっぱい、胸いっぱいにしてもらい、成人を満喫していた。
当時からの社員は半分もいなくなった。規模が縮小した今の弊社において、そんな飲み会が開かれることが無くなったのは言うまでもない。

さて、私の知っている絶頂期の飲み会と比して、現在のはどうだろう。
JMが主催するF社メンバーを集めた飲み会。場所は決まって、小洒落た洋食店。
生ビールがなみなみと入ったピッチャーこそ見事だが、注ぐ先は、チューリップ型のドリンクバー用のグラス。これだけで、ビールの美味さが8割減する(´Д`)
オードブルに出てきた薄っぺらい生ハムが、白い大皿にこびりついている。
小さな土鍋の中でたぎったアヒージョを、4人のおっさんが回してちょびちょびとつつき合う。
メインディッシュは、生ハムよりは多少厚さがあるパサパサの鶏肉の燻製と、山盛りのポークビッツ。
こんな鳩のエサみたいなメインが食べ放題だと言って、JMは喜んでいる。
知らない人たちに囲まれながら、鳩のエサをつまみにうつむいたままやり過ごすのが現在の飲み会なのだ。

私は飲み会を嫌悪している。当たり前だろう。なるべく欠席できるように調整するようにしている。
だがJMの傀儡でしかない私が、ご主人であるJM主催のイベントを全てキャンセルできないというジレンマは、今後もしばらく続く。


20年前から景気は上向いていると聞いているのに、飲み屋のコース料理に出てくる食事は劣化し、今やゴミ同然。
せっかく解消された偏食だが、それが飲み会で役に立つことは、もうなさそうだ。


 



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ミッチのパパ 

親戚シリーズ。
今回は、親父の実兄(私にとっておじさん)だったミッチのパパ。「だった」というのは、残念ながらミッチのパパはすでに故人である。

ミッチのパパは生前、我が家と同じ旧浦和市(現さいたま市南区)に居を構えていた。
ミッチのパパ宅は、親戚中で距離が最も近い住所だったので、親父はかなりの頻度で会っていたと思われる。
幼少のころは、家族でミッチのパパ宅には何度か遊びに行っていた。
ミッチのパパ宅は2Fの戸建て。家の裏は空き地になっていて、塀などの仕切りがなかったと記憶している。
居間のサイドボードにはダルマのウィスキーが置いてあった。
書いているうちに思い出してきた(`・ω・´)σ 富士山の写真パネルを額に入れて、天井から欄間を下にして下がっていた。額の隅には、伊藤博文の壱萬円札が、申し訳なさそうに同梱されていた。そうだった、そうだった(;´▽`)
冷蔵庫が特に印象的だった。ドアの取っ手に栓抜きが付いていたのだ!w(゜o゜)w 30年前というのは、飲料物の容器が瓶がまだ主流だった象徴的なものだ。

ある日親父が、ミッチのパパが亡くなったことを告げた。10年前くらいの話。
着替えの最中に起こった、突然死だったとのこと。ミッチのパパは一人暮らしだったので、すぐには気づかれなかった。近所の人が警察に通報し、近親者の親父に連絡が来たようだ。
ミッチのパパの葬儀には、私も参列した。参列者はほとんどいなかった。葬儀なんて儀式めいたことはなく、ただ荼毘にふした程度だった。
焼き終わった後に、参列者の前で親父が弔辞らしいことを述べた。
「本当に優しい兄貴でした。生まれ変わったら、また兄貴にもちたい。」と。
なるほど。兄弟というのは、こういう関係こそ理想なのかもしれないな。

葬儀後、参列者だった親類で、主人を失ったミッチのパパ宅に集まっり故人をしのんだ。
使えそうなものがあれば持って行ってもいいという。
私はサイドボードの上にあった、グリップ(握力のために握る強力なバネのアレ)に目が留まり、持ち出した。
年老いて力の弱くなったおじさんが使っていたグリップは、非力な私にはちょうどよかった。しばらく夢中になって握っていた。


  




さて、ミッチのパパと呼ばれる由来である。
亡くなった時点では一人である。なのに「パパ」というからには子どもがいたのだ。

たしかに。

ミッチのパパ家は、当初4人家族だった。奥さんと2人の娘。
娘の名前は、ミチコ(姉)とサチコ(妹)。二人は「ミッチ」と「サッチ」なんて呼ばれてたような。ちなみに、私は二人に遊んでもらった記憶もなければ、顔も全く覚えていない。
先に産まれた姉の名前を取って「ミッチのパパ」になったのだろう。近所の奥様連中が旦那の名字ではなく、子どもの名前を優先して「○○ちゃんのママ」と呼び合うのと同じだ。
訪問を重ねていたのだが、物心ついた頃には、ミッチのパパは一人だった。
最初は「今日は出かけただけなのかな?」なんて思っていた。が、何度訪問を重ねても、いつも一人だった。
多分、そういうことになったのだろう。だが両親は、ミッチのパパが一人だった理由は何も言わなかった。
ただおじさんに対する呼称が「ミッチのパパ」から変わることは、ついになかった。

おじさんが亡くなったことを家族だった3人に連絡したようだが、どうも全員にはつながらなかったようだ。
そして3人のうち、葬儀には一人も参列しなかった。
家族とは言え、年月が経てば他人の色が濃くなるのだ。
私はミッチのパパ本人よりも、出ていった3人に近い人種かもしれない。


・・・今回の記事が、多少でも手向けになればいいと思う。


  



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20181117今週 

まさかの仕事シフトの週だった(´Д`)(とはいえ、もれなく定時上がりだったが)
「なぜそんなに働くんだ?」と、自分の愚かさにあきれるしかない。
金曜には追い打ちで、JMから新規にやってほしいことがあるなんて、ほのめかされて。
10年もの間、ただ捕虜のように留めおかれただけで、今さら仕事をやろうなんて気力にはならない。
何年かぶりに、頭を強制的に仕事シフトにさせられ、今日はいつも以上に動く気になれなかった。


  




そんな日に限ってふるさと納税の返礼品対応(2件)。
平日「受け取れなかった」対応のリカバリ。返礼品は受取日を選べない。宅配業者がYマトだったら登録しているので、「○日に送ります」の通知の時点ではなから指定できたかもしれなかったが、今回はS川だったため、平日に持ってきちゃっていた。ドライバーに申し訳ないm(__)m

また改めて贈られてきたものは、まったくろくでもないorz
鶏モツ鍋の素(6K)と、ビーフカレー(10K!?)。
鶏モツは本当にひどい。1Kでも噴飯ものだ!(`Д´)σ
ビーフカレーは、食べてみたらスーパーのパウチと変わらない。7.11ビーフカレーの箱詰めの方に変えてほしい。

気苦労までしてこんなゴミ同然を受け取るなら、住民税は黙って納める方がよさそうだ。
返礼品の受け取りは、あと2つ控えてるという(^_^;)


 



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