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天下一舞踏会 決勝戦Ⅱ

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今日も生と死の間に、揺れてます。

20170604 

世界というのは、何もかも平等に与えられている。
その与えられたものをどう使うかは、個々人によって違う。
毎日何かに追われている人もいれば、何の制約もない代わりに誰からも相手にされない人もある。
どちらがかわいそうかと言えば、私は後者だと思う。
人間一番、何をされるのが嫌かと言えば「無視」である。
私は「無視」するのが得意でねぇ(^^ゞ
得意というか、相手にどう接すればいいか考えている時間が長いので、結果的に相手を「無視」していることになっている。
考えている時間は、相手には接しないのだから。
考えているうちに時間は過ぎ、相手が怪訝そうな顔つきになる。そしていつの間にか、相手は自分の前から去っている。
相手のことを慮(おもんばか)る行為には、「無視」が内包されている。つまり今はやりの「忖度」なんていうのは、相手に失礼なのかもしれない。



金曜は、長く本屋にいられる時間があった。
いろいろ見て回ったが、本というのは書いた方がいいんだなと改めて思った。
千眼美子氏とタカノリ総裁の対談なんてねぇ。あんなの読ませるんじゃあなく「買わせる」ため100パーセントだろうが?!(゜Д゜)
総裁の「今、退屈でしょ?」なんて呼びかけに対して、千眼氏がのらりくらりするやり取りだけで、見開き4ページも稼いじゃって(´Д`)

買ってくれる人がいるのであれば、本は出版した方がいい。

だが、その考えを著作のスタート地点にしてしまうと、売れなかったらどうしようという「失敗」への恐怖心が先に出てしまう。だから書けない、となれば本末転倒だ。(こんな無駄な恐怖心は、岡本太郎氏の著書を読めば解決するのだが。)
狂ったように、この記事を無からここまで書き起こしたように。
そのときに偶然生じたバイタリティをそのままにスタートを切って、納得のいくまでゴールを目指す。
これが著作のあるべき考え方だと思った。


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