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天下一舞踏会 決勝戦Ⅱ

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今日も生と死の間に、揺れてます。

20180103須永vs中島 

最近、また年末の格闘技が復活したなあ(゜Д゜) 2000年代初頭、私も夢中になってみてたっけ。
格闘技なんて大晦日にしか見ない。当然知らない選手ばかりなのに、なぜにあんなにも入れ込んで見ることができたのだろうか。
その要因は「煽り」以外の何物でもない。今はかつてほどの煽り番組は見なくなった。
強い男同士が、どうしてそこまで強くなったか。選手の半生を知ることで感情移入し、当日の試合の放送を見逃すわけにはいかなくなる。
一時主催者の脱税問題だったかで、大晦日の格闘技(特に8チャンネルの)が一掃されて、私の格闘技視聴熱が一気に冷めた。
ほとぼりが冷めたのか、この時期の格闘技放送がここ2,3年また熱くなっているようだ。
だが私にとっては、もう手遅れだった。12、3年前、最も盛り上がってた頃の選手はほとんどいない。今の選手に興味が湧かないのだ。
まあ選手が悪いわけではない。格闘技を夢中になって見ていたころとは価値観が変わっている。
他人の勝ち負けに一喜一憂するのは、もはや囲碁と将棋くらいのものだ。一応そうだと言えるのだが、自分がその世界の住人だからだろうか。
囲碁や将棋は、勝負までにはある程度の手数がかかる。そして、プロ同士であるなら実力が伯仲し、簡単には終わらない。
格闘技は、明らかに"手合い違い"のような組み合わせでも、煽るだけ煽った結果、下馬評通りにあっけなく終わることがほとんどだ。
こと大晦日の格闘技放送は、このメッキがすでに剥がれてるのではないのか(´・ω・`)
馬鹿笑いしている方の番組に、どんな大物芸能人が出てくるかに期待する方が得策のように思える。



須永匡司は、柔道をやるために生まれてきたような男だった。
両親ともに柔道の経験者で、父親は警察官時代、警視庁の大会で優勝するほどの選手だった。
そんな両親の血を受け継いだ須永は、小学校の時から体格がクラスメイトより二回りは大きかった。小学校卒業時、身長172cm、体重67kg。両親の縁故で始めていた柔道で、負けたことはなかった。
中学から高校の6年間、公式戦で負けなしだった。大学に進学すると、3,4年生で全日本選手権の無差別級で連覇。当然のように須永は、100kg級のオリンピック代表に選ばれた。
柔道の重量級は近年はヨーロッパ、特にフランス選手の強さが際立っている。日本では敵なしの須永とはいえ、100kg級での日本人金メダルは難しいと思われていた。
須永は危なげなく決勝まで全て一本勝ちした。試合時間はいずれも30秒未満だった。
決勝の相手は、やはり金メダル候補筆頭のフランスの選手だった。
須永は苦戦した。苦戦しているように見えた。フランス選手が繰り出してくる技をなんとかしのいでいた。そんな須永に対して、主審からついに指導が入った。
須永は圧倒的に不利な状況になったはずなのだが、なんとなく余裕の表情をしているようだった。
試合を再開し、フランス選手がふわっと両手を伸ばした。だが、フランス選手の目には須永の姿は見えなかった。
ぐっ!と襟元を引かれた感触を受けた。フランス選手の目には須永の後頭部が見えた。次の瞬間にはフランス選手は浮かび上がっていた。
須永の見事な背負い投げが決まっての一本勝ちとなった。
後日談だが、須永はフランス選手の力量の強さを認めていた。指導を取られる前までは、相手の出方というか癖を探っていた。あらかた感じ取ったところで指導が入った。なので再開後はすぐに仕留めに行こうとして、見事に背負い投げが決まったという。
その後、オリンピックで2連覇を果たし柔道を引退。総合格闘技に転向した。
「中島選手の胸を借りるつもりで、向かっていきます!」
28歳、191cm、107kg。グラウンドの鮮やかさで、デビューから2戦2勝。


喧嘩番長なんて今どき流行らないかもしれないが、中島ジョージはそれを体現していた。
中島はこの世に格闘技という文化がなければ、ただ暴力を振るうために生まれてきたと言わざるを得なかったろう。
身長183cm、体重78kgと、恵まれた体格に成長した高校1年生の時、中島は一学年上の山岡という男とタイマンを張ることになった。山岡は172cm、体重は55kg前後。体格だけ比較したら、断然で中島乗りだろう。
中島は、山岡に向かってただ闇雲に突進していった。山岡は最小限の動きで中島をかわした。
中島と山岡の距離は近いままだ。中島は、後ろ向きのそのままの姿勢から回し蹴りを放った。この距離であれば当たるだろうと中島は考えていたが、またも山岡は最小限の距離を後ろに引いただけで、蹴りをかわした。
中島は態勢を立て直した。今度は右ストレートを見舞った。山岡は今度は中島の懐に入ると、右のリバーブローを中島の左わき腹に叩き込んだ。中島はその大きな体をくの字にしてへたり込んでしまった。
山岡はボクシング選手だった。
「ボクシングやらねえか?」
有名なごろつきだった中島をボクシングで更生させられないかという周囲の希望に、山岡が買って出たのだった。
中島はボクシング部に入部した。更生のことなんか忘れられるほど、練習の虫になった。
中島の格闘センスはかなりのものだった。めきめきと上達していった。
高校を卒業する頃には、ごろつきの感じはすっかりなくなっていた。
中島自身、ボクシングよりも総合格闘技の方が向いていると感じていた。総合なら、この体格をフルに生かせるだろうと。
中島は、練習が楽しくて仕方がなかった。中島の生活は、練習、アルバイト、食事、睡眠。これ以外のことはしていないような日常だった。
「柔道界では世界の須永かもしてませんけど、こっち(総合)でそれは通用しませんので。」
26歳、186cm、93kg。15戦10勝。須永のかませ犬なんかじゃ終われない!


(つづかない)


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